熊野街道散歩 中辺路C (2) 本宮〜湯峰温泉(大日越)

 大斎原で旧社地を詣でた後、大日越を通り湯峰温泉へ向かう、近世は湯峰で湯垢離をした後に熊野本宮大社に詣でたそうですね、湯峰は大変古い頃からの温泉で、成務天皇(4世紀)の御代に熊野の国造、大阿刀足尼によって発見されたと伝えられています。
 ともあれ最後の難関を越え、つぼ湯に浸かりに行きました。本日は小広峠から歩き詰めで大日越は辛いものが有りましたが、いにしえの巡礼者の気分をわかる為にも最後の力を振り絞り越えてきました大日越え・・ああしんど。
ルート 08/1/11〜1/12





大斎原:明治22年水害時まで熊野本宮大社は熊野川の合流点にある 大斎原 と呼ばれる中洲にありました。
熊野・熊野大社関連の詳しいページ み熊野ねっと へのリンク。

熊野街道を散歩しているとこの明治22年は富田でも水害の記録が残っていて和歌山県内での死者が1000名を越す未曾有の水害で在ったようです。
特に熊野川上流域にあたる十津川では復興が不可能なのではないか・と言われるくらいの打撃で、全村北海道へ移住した経緯があります。司馬遼太郎氏著 街道をゆく 十津川街道、北海道の諸道 に詳しい。
ここにも世界遺産登録の碑が誇らしげに設置してありました。

旧社地 大斎原 は神域とされる場所独特の雰囲気を持つ空間で、かつて訪問した伊勢神宮や、この後に訪れた神倉神社と同じような感覚になる神域でした。
ぬれわらじの入堂: 巡礼者は音無川を徒歩にて渡り、参拝をしたそうで これを ぬれわらじの入堂 と呼び習わしたそうです。
その場所が何処は私には解かりませんが、現在 大斎原にかかる橋があるこの辺りだったかも?解かりませんね。
大日越分岐: 大斎原参拝を果たして、いよいよ本日最後の難関 大日越 に向かいます、降らずにいてくれた雨もパラパラと降ってきて折り畳み傘を取り出しました。
311号線の脇に 大日越 の案内板が出ていました。
大日越: いきなりの急階段です、この後民家脇を左に取ってさらに上り続けました。 大斎原遠望: 100メーター程上がると 大斎原 の全景が見えます、中洲に出来た森であることがよくわかりますね。
大日越: 大日越は本宮側からの高低差があってかなりの急勾配を上がり、この先の月見丘神社まではハードな道でした、さらにこの日は 大斎原 迄もっていてくれた天気が 大日越 の途中に大雨になり、ご覧のように路は暗いは、勾配はきついわ、人はいないわ、不気味だわ、でチョットビビッていました。 月見丘神社: 少し勾配がゆるくなったな と思うと 月見丘神社がある、このお堂の中に大日如来が祀ってあって、大日越 の由来だそうです。
切り通し:月見丘神社を過ぎて、鼻かけ地蔵を過ぎると、岩を割った切り通しがありました、大雨は降るわ、音はしないわ、でかなりビビッていましたがここまでくると湯峰温泉の生活音が聞こえてきて ほっと しました。 湯峰の里:で、やっと人家が見えてきます、小栗屋 との屋号が見えました、ここまで約1時間掛かりました、人家が見えたので一息つけましたら、氷雨で体が冷え切って手の感覚はなくなっている事に気づきました。
湯峰王子:この王子は近世になって出来た新しい王子で在るそうです。 湯峰王子:赤いお社が綺麗ですが、雨が凄い事になってきました。
東光寺:東光寺はインドから熊野に漂着した裸形上人(らぎょうしょうにん)の開基とも伝えられています。湯ノ花化石薬師如来が本尊の天台宗寺院 大阿刀足尼の碑:湯の峰温泉は人皇十三代成務天皇のころ(4世紀ころ)熊野の国造大阿刀足尼に発見されその後歴代上皇の熊野御幸によってその名も広く知られるになった。
掲示板
で、宝篋印塔等が碑として祀られておりました、4世紀といえばざっと1700年前になりますね、日本で一番古い温泉と伝わるのも納得ですね。
湯筒:この湯温は90度を越えるそうで、卵などはすぐに茹で上がるようで、東光寺前のお店で卵を買ってゆでてみました。
湯筒:辺りには硫黄の匂いが広がり、温泉地にきた実感で一杯になる、山間の鄙びた温泉地と云う雰囲気がなんともいい感じの温泉地です。
卵は10分程で茹であがりましたよ。
つぼ湯:湯峰では民宿に泊まりました、宿に荷物を置いて早速 つぼ湯 に直行します、この日08/1/11は金曜日でもあり待ち時間なしで入れました、下の公衆浴場にて入浴権を購入して入るのですが、つぼ湯は 公衆浴場の 一般湯 か 薬湯 のどちらかとのセットで入浴出来るシステムとなっていました。 つぼ湯:いよいよ待望のつぼ湯です、湯壷からはゆらゆらと湯気が登り、辺りには強い硫黄臭が漂い期待が高まります。
22km歩き、氷雨にぬれ冷え切った体を湯壷に沈めました、熱めの湯が疲労しきった体に染み透り えもいわれぬ 極楽気分でした、小栗判官はこの湯壷に三・七、二十一日浸かり 蘇生したそうですが、僕も復活しましたよ、ドラゴンクエストの呪文べホマラー級の効果?でした。

湯の峰の詳しい情報 み熊野ねっと へリンク。
湯の峰温泉公衆浴場:つぼ湯で復活しましたので、公衆浴場もはしごしました。 湯の峰温泉公衆浴場:つぼ湯は 一般湯 か くすり湯 のどちらかとのセットで入浴出来るシステムとなっています。
くすり湯は石鹸の使用が禁止されていて、とりあえず本日は体も洗いたいので 一般湯 にしましたが、一般湯でさえ かけ流しで硫黄臭の漂うすばらしい温泉でした、ここでしっかり温まります。
湯の峰の夕景:晩御飯まで時間がありましたので、少し闊歩することとして辺りを散策しました。鄙びた温泉地で平日でもあり人通りはまばらで静かな温泉地です。叙情たなびく中カップルが温泉卵を作りながら寄り添っていました。 湯の峰の夕景:湯の峰は夜が速くて5時半にはご覧の通りです、湯湯治をするには最高の温泉地でしょうね。
民宿:泊まった民宿も源泉かけ流しでした、この日は宿泊者は私一人でしたので時間を気にすることもたっぷり温泉を楽しめました。
非常に成分が濃い湯のようで、浴槽の淵には湯の花が結晶化してこびりついていて、湯がどばどば流されています、頭を洗うのもすべて温泉が使用できて凄く贅沢させてもらいました。イヤー大満足です。
湯の峰温泉公衆浴場:翌08/1/12日は前日パスしたくすり湯に浸かりに行きました、公衆浴場は朝6時から夜10時まで営業していますので、朝6時から訪問してくすり湯 を楽しみました。
硫黄臭漂う成分の濃いすばらしい温泉でした、あさ6時にも拘わらず先客が二名いてゆっくりと温泉を堪能していました、ここで一時間ほども長風呂を楽しみ朝食を食べて新宮へ向かいました。
麻崖名号碑:バスの時間まで少しあったので散策しました、一遍上人が爪で書いたとされる磨崖名号碑がありました、赤城越との分岐点の崖の岩に今は磨滅して読み取りにくい経文を見ることが出来ます。 湯の峰温泉バス停:まだ雨が残る湯の峰を後にして8:46発の新宮行きのバスに乗りました、バスは川湯や渡瀬の温泉街を通って一時間ほどかけて新宮へ向かいます、湯の峰はすばらしい温泉でまた訪問したいですね。
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バス時刻等熊野交通

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